不動裕理(28)がコースレコードタイの64を出し、4打差を逆転。国内4日間競技の全てを制し、ツアー通算34勝目を 飾った。 2打差の2位には大場美智恵(32)が入り、単独トップだった大塚有里子(30)は4位タイ。注目の宮里藍(19)は12位タイに終わった。 5年連続の賞金女王の実績はダテではなかった。1番を3.5メートルにつけて逆転劇の幕が開く。5番2メートル。6,8番は1.5メートル。前半で大塚に追いつき、 大場をリード。11番では一度大場にトップを譲るが12番からの3連続バーディーで流れを一気に引き寄せた。
本大会にサントリー所属プロとして初参戦した宮里は、初日首位に3打差で8位の好発進をみせる。 2日目、台風の影響で33名もの選手がラウンドをすべて回れずに中断する中、ショットが好調の宮里はスコアを縮め首位に立った。 トーナメント最終日。暫定首位に立っていた米山が序盤スコアを崩すと、その後を追っていた宮里が2番でバーディーを奪い勢いに乗る。 その結果、11アンダーと完璧なゴルフを展開。開幕戦のダイキンオーキッドに続き、2勝目。通算3勝目を獲得した。
優勝は70で回った前日首位の韓国の李知姫(イ・チヒ)。 18番で行われたプレーオフ1ホール目、グリーン奥のカラーから8メートルをパターで沈めてバーディー。 一方、通算16アンダーで並んだ台湾の魏(フリー)は5メートルのバーディーパットをはずした。 苦しんだ本戦とは対象的な、あっさりとした決着だった。
プロ9年目の坂東貴代がプレーオフの1ホール目で山口裕子を破り初優勝、 賞金1,080万円を獲得した。 プレーオフは通算8アンダーの2人が18番(パー4)で争い、坂東がパーで切り抜けて決着をつけた。 首位と2打差の2位で発進したアマの宮里藍(宮城。東北高)73とスコアが伸びなかったが、自己ベストの3位タイに入った。
首位スタートの服部道子は、前半リードを許したものの、バックナインを4バーディノーボギーで逆転。 通算9アンダーで約2年ぶりの優勝を飾った。 2位にはただ一人4日連続アンダーパーの山田かよ。 ベストアマには、2年連続予選通過を果たした宮里藍。
5打差をつけた中野は勝利をかみしめるかのように、慎重にラインを読んだ。80センチのパットがカップに沈むと、軽く頭を下げる。 ベスト5に5回入りながら、優勝を逃し続けてきた鬱憤をバーディーラッシュで吹き飛ばした。 1打差2位でスタートした中野は5番で首位に立つと、9番から6連続バーディーを奪い独走。終盤こそスコアを落としたものの、 1ラウンド最多タイ記録となる9個のバーディーを奪い67をマーク、2位に5打差をつける圧勝だった。 3日目まで首位だった久保樹乃は井上真由美と並んで2位。アマ史上最年少で予選を通過した宮里藍は23位だった。
通算10アンダーで並んだ肥後かおり(30)と入江由香(30)のプレーオフになり、肥後が4ホール目でパーセーブをして激闘にピリオドを打った。 今季初V、ツアー通算8勝目を飾った。 プレーオフ4ホール目。先にパーパットを沈めた肥後は、入江のボールがカップに蹴られた瞬間”ライバル”に向かって歩き出した。 30歳同士の2人は、10年来の仲間。熾烈な争いを演じた互いの健闘を讃え、しっかりと笑顔で抱き合った。
ジャパンメモリアルゴルフクラブの名誉理事長として、日本ゴルフ文化の正統への回帰に情熱を注がれた故越後正一氏。 明治34年滋賀県に生まれ、伊藤忠商事に入社された氏は、伊藤忠商事を今日の日本を代表する総合商社に発展させた功労者。その商才、その人柄は、経済界に留まらず 多くの人々から慕われてきました。 仕事とともに氏は何よりゴルフを愛され、特にジャパンメモリアルゴルフクラブや有馬ロイヤルゴルフクラブ名誉理事長として、その発展に絶大な功績を遺されてきました。 平成3年4月2日、享年89歳で逝去され3回忌を迎えたのを機に、ジャパンメモリアルゴルフクラブでは、故人遺徳を偲び、その理想を末永く受け継いでゆくための拠点として、クラブハウス前の練習グリーン横に胸像を建立。7月25日、佐治敬三理事長、大林功建立委員長、越後きみ子夫人らの手によって、越後氏を偲んで集まった多くの参列者の前で序幕されました。
平成14年11月、開場2周年を迎えたジャパンメモリアルゴルフクラブ。日本ゴルフ文化80余年の記念碑的コースとして誕生以来、 ようやくその志に恥じない風格を備え始めた印象がありました。 当日は午前8時30分に記念コンペがスタート。ドラコン、ニアピン、パターコンテストなどを交えながら一般、シニア、団体戦の各競技が行われました。 ラウンド後15時30分からは開場記念セレモニーを挙行。松下正治理事のご挨拶に続き、奥村輝之理事のご発生で乾杯が行われました。 弦楽四重奏の生演奏をバックに和やかな歓談、そして盛大な拍手に祝福された成績発表と、開場2周年記念の式次第は滞りなくお開きを迎えました。
今は亡き越後正一氏名誉理事をはじめ、コース監修者の金田武明氏、佐治敬三理事長など、JMGC開場にご尽力を頂いた方々と共に、大林功レジェンド代表取締役社長が 記念すべきテープカット。 この瞬間、日本ゴルフ文化80余年に新たな流れを刻むジャパンメモリアルゴルフクラブの歴史は始まりました。 グランドオープンを記念して行われた9ホールズストロークプレーでは、参加された方々みなさんが、新しいホームコースの感触をじっくり味わわれておりました。
平成2年9月25日、ジャパンメモリアルゴルフクラブでは二月後のグランドオープンに先駆けて、コース設計者ジャック・ニクラス氏を迎えてのお披露目 「ザ・ファーストラウンドセレモニー」が行われました。 本格着工から2年余り、コースもスタッフも初めて経験する晴れの舞台に、いつまでも忘れ得ない爽やかな緊張感が漂いました。 そして、なによりもギャラリーを感嘆させたのが、コース設計者J・ニクラス氏自ら、コースの出来栄えを確かめたファーストラウンド。 氏が理想とし氏の作品として恥じない完成度が確認されました。
ジャパンメモリアルゴルフクラブの企画段階から、精力的な討議を重ね、コース造形工事が始まって以来も、何度も現地入りを繰り返すJ・ニクラス氏。 ジャックニクラス・ゴルフサービス社のスタッフと共に、一行は10月19日(木)20日(金)の両日も現地へ。 ここジャパンメモリアルゴルフクラブの恵まれた地形や立地条件は、「帝王」と呼ばれるほど、深い知識と豊かな経験を誇る彼を魅了しています。 同氏がこれまでに手掛けた数あるコースの中でも、とりわけ熱が入ると同氏は語る。 次々と芝張り工事も完了していく現地ですが、ひとつひとつのコースを丹念にチェックする同氏の眼差しからも、ここジャパンメモリアルゴルフクラブへの 同氏の愛情の深さがうかがえます。 このような、J・ニクラス氏と共に、一切の妥協を排して取り組み、生み出されたのが当ジャパンメモリアルゴルフクラブなのです。